木風舎 自然を感じるネイチュアリングスクール

雪の森を歩こう

毎日新聞に連載された、橋谷晃の「雪の森を歩こう」を再録しました。


いのちの息吹に感動する

毎日新聞日曜版に連載された、橋谷晃の「雪の森を歩こう」を再録します。

先週は子供について書いたが、私が森に魅力を感じ、 ネイチャースキー講習を始めたのも、 じつは子供のおかげだった

登山に夢中だった20代の頃、 私の関心はおもに森林限界を超えた高山や、 乾いた岩壁をよじ登ることにあった。 樹木が伸びることを許さない厳しい自然環境は、 神々の世界に近づいてしまったかのような美しさがある。 雲海の中に島のように浮かぶ山々の頂き。 そのかなたを真紅に染める朝焼けに始まる1日のドラマは、 天地創造を想わせるといっても大げさでないものがあった。

しかしその美しさは、いわば生命を拒絶した美しさでもあった。 裏返して言えば、そこには大なり小なりいつも死のにおいがした。 もっとも条件のよい、可憐な高山植物が咲き乱れる時期でさえ、 それは苛酷な自然条件のゆえに、 短い夏の間に一気に花を咲かせようという、 植物たちの必死の営みだった。始終響きわたる乾いた落石の音は、 クライミングの途中でそれが降ってきたときの恐怖を思い出させた。

岩登りという遊びは、 ある意味では登れたか否かで判定されるゲームであり、 困難度を数字化してグレードであらわし、 より高いグレードをめざすという宿命をともなう。 グレードが高くなるほど、安全のために時間との勝負が決め手になる。 「早くしろ」と言いながら、自分の気持ちよりも、 人から評価される数字のほうに振り回されている自分に気がついて 、愕然とした。もっとも岩登りや高峰登山でも、 純粋に自分と山との対話の世界で登っている人たちを、 よく知っている。自分がもっと俗物だっただけなのだ。

そして森というものに関心を持ち始めた頃、長男の水樹が生まれた。 遊びといえば山に登ることだけを考えていた私が、 赤ん坊を抱きながら、 森や高原といわれる部分に必然的に滞在することになった。 ゆっくり森に腰を落ち着けてみると、 より高い所へ登るために通過していただけの頃には、 見えなかったものに気がついた。溢れ出る森の美しさは、 いのちの美しさだった。ほとばしるような森のいのちの息吹きに、 全身がいのちの塊のような腕の中の水樹が重なり、 まさに目からウロコが落ちるような感動を味わった。 そして森の世界を知れば知るほど、その奥深さに驚きの連続だった。

自分が人生の中で、いちばん大切にしたい幸せな時間は、 けっして人から評価される数字であらわされるものではないことも、 森が教えてくれた。そしていのちのつながりの一部である人間が、 はじめて心からいとおしく思えてきた。 それまでは自然の美しさに対して、 人間をどこか汚れのように感じていたのだった。

それ以来、森のいのちと、そのつながりを伝えることが、 ライフワークとして自分の中で明確に意識された。 私の講習から、アイゼンやピッケルを使うものが消え、 森のいのちを感じるさまざまな新しいプログラムとともに、 ネイチャースキーも始まった。

(1997年12月21日掲載)

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