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人々の営み見守ってきた古木毎日新聞日曜版に連載された、橋谷晃の「雪の森を歩こう」を再録します。 私が今滞在している長野県・戸隠高原には、 戸隠神社奥社の鎮守の森として保存されてきた一帯がある。 樹齢400年ほどの杉並木の両側に、 大きく枝を広げたミズナラやハルニレの巨木が並び、 その向こうには堂々とした風格の黒姫山が、形よく横たわっている。 巨木たちが住む空間に、スキーを滑らせて静かに入り込む。 他の季節は奥社参道から樹々の一部をのぞき込むしかないのだが、 今は雪とスキーのおかげで自由に入れる。 グローブをはずして、一本一本の樹にそっと触れてみる。 春の陽光を受けた幹の、ほんのかすかなぬ温もりが伝わってくる。 枝のまたに積もった雪が少しづつ溶けて、水滴となってしたたり落ちている。 今は冬眠状態の樹々も、この数メートル積もった雪が溶け出すころ、 盛んな勢いで水を吸い上げ始め、一斉に葉を開く。 だから春になっても、洪水にはならない。自然はうまくできている。 試しにスキーを脱いで、手をつないで幹の太さを測ってみる。 おとな3人で、ようやく手がつながった。 樹にもたれて座り、背中で樹の肌を感じる。 この樹が数百年の間見守っていた風景を、私も感じてみる。 江戸時代から現代まで、人の営みがいかに変わっても、 この樹はここで動くことなく、その移り変わりを見守り続けてきた。 そしてこの隣にある若い樹が、 同じように今後数百年を見ることができるのかどうか…。 人が入れるほど大きな洞を持った樹が2本ある。 そのうち1本は、中に3〜4人が入れるほどの広さだ。 樹を傷つけないようにブーツを脱ぎ、そっと入ってみる。 ここは私の10倍程の長さの年月を生き抜き、 今も脈々と生き続けている生き物の体内だ。 不思議なほど心が落ち着き、 目を閉じると太古の昔にまでトリップしてしまいそうな空間。 動物、鳥などネイチャースキーを楽しんで出会う生き物は多いが、 なかでもその存在をもっと意識するのは樹だ。 私たちが動物のように自由に森の中を歩き回れることが、 森との独特の一体感を生むのだと思うが、 この感覚ばかりは言葉では上手く表現できない。 雪の森は、樹々どうしが 「こんな季節のこんな場所へ、まさか人間なんて来ないよな」 とささやき合っているかのような雰囲気があり、 ときどき森の妖精たちに、「大変だ、人間がいたぞー」 と見つかってしまいそうな気にさえさせられる。 そしてシンプルな色彩と、静寂という音の中で、 樹の生命の存在感がひときわ際立つ。 アルペンスキーの回転競技だって、 樹々の間をいかにうまく縫って滑るかという遊びが始まりだという。 スキーと森は、もともとは仲がいいのだ。 ネイチャースキーは森を丸裸にする必要がないばかりでなく、 状態の良い森があってこそ楽しめる遊びだ。 広い展望の雪原も一時はいいが、やはり森がないと飽きてしまう。 これは樹と親しくなれる遊びだ。 (1998年3月22日掲載) |